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(株)ブラストライブ
「ブラストライブ」 2013 Vol.283 (定価 952円 + 税)、
「くみちょうからのお言葉」でBrasspire 923LTが紹介されました。
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某月某日、某所にて…謎の楽器に遭遇した。その刻印は「Brasspire」…。今までにみたことのないブランド名だ。たどってみたら…取材班は意外な事実に遭遇。なんと、ハイコストパフォーマンスな楽器で有名な、あの会社がひそかに開発していた超ド級モデルだったのだ…

緊急スクープ
BRASSPIRE 誕生

思いっきり、
「アジア」にこだわる


 一見して判るとおり、ヘビータイプ。しかしこのトランペットとフリューゲルホーンは、もちろんあの超重量級であることで有名な(それだけで有名なわけじゃないが)あの米国のブランドではない。金管楽器を意味する「ブラスBRASS」と、「触発される」を意味する「インスパイア INPIRE」が合体した、かのように思える造語である。本誌「ブラストライブ」も似たような造語なのだが、わざわざ言葉をくっつけてまで表現しなければならないようなとき、というのはだいたい、熱い思いが秘められているのだ。この「ブラスパイア」は、「低価格&高品質」で人気を博している「Jマイケル」ブランドをたちあげたマック・コーポレーションが密かに開発してきたプロフェッショナル向けの自信作なのである。
  本誌的にはすでに前号において武田和大氏取材(「夏の楽器応援隊」)において同ブランドのアルトサックスを紹介すみだが、実はこんなすごいブラスを取材班は見落としていたのだ(実際にはアルトサックスは来春発売予定で、トランペットとフリューゲルホーンが先行して発売された)。
「徹底して自分のアイディアを活かしたモデルを創りたかったんです」
  設計担当の有賀(あるが)氏は、熱っぽくその真意を語ってくれた。
「Jマイケルの製作で培ったアジア圏の楽器製造業者との深い連携のもと、今のアジアでもこれだけのことができるんだ!という気概をみせたかったんです」
  やけどしそうな、ホットな言葉の数々。それも道理、有賀さんはもともとプロフェッショナルのトロンボニストとして活躍していた、アーティストなのである。病を得てやむを得ずその道を断念し、しばらく前まではまったく別の業種で禄を食んでいたものの、どうしても音楽への思いをこらえきれずに、同社の門を激しくたたいた。入社後めきめきと実力を発揮し、その技術と発想が数多くのプロフェッショナルの心をつかんでいく。今でも、楽器造りの根底にあるのは、イーストマン音楽院の夏セミナーで巨匠、ジョン・マーセラス氏の薫陶を受けた日々の思い出。
「あの3週間のセミナーが、自分を変えてくれました。最高の師と仲間に囲まれ、今でもそのおりの仲間と会うたびに、あの時間は本当に不思議な、二度とない充実感にあふれていたね、と話すんです。ええ、人生の中でも最高の時間だったと確信しています」
  そんな音楽への熱い思いを秘めて楽器製造にたずさわるようになった氏は、Jマイケルの仕事を通じて知り合った多くのアジア系のエンジニアたちの実力を知るにつけ、これらの総力を結集したものを、堂々と「アジア」と銘打って世に問いたい…と切望するようになった。地産地消、ではないが、まぎれもなくアジアの人間である我々は、アジアの得意な素材でとことん勝負すべきではないか。それが、キーコンセプトだった。
「たとえば、これらはみないわゆるヘビータイプですが、我々がお付き合いしている業者さんの素材のなかでもっとも可能性があるのが、こういったヘビーな素材だったんです。だから、そういったもののよさを極限まで活かした設計をしたい…そう思ったんですね」
  そして手がけた試作品の数々は、試しに吹いたプロフェッショナルの多くが激賞。さらにプロの意見を取り込み、1年近くかけて試作と改良を重ねて、最高の状態で商品化にたどり着いた。
  とは言え、日本以外のアジア圏でこのクラスの楽器を製造することはまだまだ容易ではない。設計だけ済ませて、後は工場任せという訳にはいかないのだ。有賀氏は生産のすべての工程に立ち会い、パーツ選びはもちろん、時には自ら繊細な加工を施すなど何日もかけて1本1本を仕上げていく。そのため、現在のところ生産量は極めて少ない。少ないが、普及価格帯と高級モデルの両面作戦をとるために、まったく新しいブランド名も欲しい。
  有賀さんは、それも考えた。
「ブラス、という言葉となにかを合体させて、スピード感のある、スペシャルな感じを出したいと…」
  ちょうど、Sが並んだ。その文字の連なりに、インスパイアされた。そして「ブラスパイア」が生まれた。そして、アジアという風土的特長も前面に押し出すことにした。アジア製の楽器に対する偏見は、まだまだ正直言って消え去ってはいない。そんななかで「勇気ある決断」にも思えるのだが、楽器そのものの仕上がり具合を見る限り、そこに「勇気」などいらない、と思った。ごく当たり前のことなのだから。
  有賀さんがごく自然に、音楽家の道から楽器造りに歩んできたように、アジアで生まれ、アジアに育ったものにとっての、ごく自然の選択
にすぎないのだ。